置賜ワカテアーティスト:竹田陽子(日本画家)

置賜ワカテアーティスト:竹田陽子(日本画家)

Artist 5:竹田陽子


置賜ワカテアーティスト・No.5〜日本画家 竹田陽子〜


Q1:この道を目指したキッカケは何ですか?

A1:小さい頃から絵本の中から気に入ったページを部屋中に並べたり朗読や絵を描くことだったりと、表現することが好きでした。
東北芸術工科大学に入る前に、美大とは違う4年生大学に通っていて、その大学では古典文学を専攻していました。卒業論文は清少納言の『枕草子』を取り上げて、その中で『日本の色』についてすごく綺麗に書かれていて、「色のことを知りたいな。」と色への興味が湧いてきたんです。
3歳から本格的に書道をやっていましたが、書道と違って『形式のない自由な表現』というか、“自分が描きたいと思ったものをどういった感覚で描いていくか”という自由な制作が自分の中でマッチして「私は書道ではなく違う分野・画の世界をやってみたいんだ。」と思うようになり、大学卒業と同時に書道をやめることにしました。その大学で学芸員の勉強をしているときに出会った日本画の方に相談すると、「じゃあ一緒に卒業展を見に行こう。
日本画を分からないのに受験したってしょうがないし、簡単に受験したって受からないよ。」と教えてくれたんです。初めのキッカケはそういったタイミングが重なり、色々な日本画を見ていくうちに「私もこの世界入りたいな。」と思い東北芸術工科大学に入り、卒業して今に至ります。
書道は形式を模倣する、文学は非常にYES・NOがハッキリする世界なので私にとっては窮屈だったんです。「もっと見る人・読む人の自由に発想して色々な見方の広がりが絵を通してフレームアウトする。」そういった見る人とのコミュニケーションを求めていました。形式ばった表現から自由になれたというのが画の世界だったんです。


Q2:ご自分の作品の特徴や制作するうえでのこだわり・ポイントなど教えて頂けますか?

A2:ここ1、2年で画が変わったんですけど、それまでいろんなことを考えてしまってスランプに陥ったり、人の意見を気にしすぎたりしていました・・・。
大学では自分の作品について言葉で表現・説明する『レビュー』というのがあるんですけど、それまでは感動したものを描きたいから描いていたものが、「何かを表現することには意味があるはずだ。」と言葉にしなくてはいけないという時に、自分の中では言葉は感動した後、つまり過去となった時に言葉になるものだから、感動の最中に描いている今、「言葉にならないから画を描いているのに・・・。」とか、「言葉に出来ない・・・。」と思っていたんです。
私の作品は画面に向かって「自分の価値観を突き詰めていく。」積み重ねの作業でそれを断定した言葉にした時に、突如ゴールしてしまったような矛盾があって「画を描くって何だろう、自分って何だろう?」と凄く考えたんです。
その時に、以前、書道でしていたことをピックアップして制作した方がいいのかなと考えて、黒っぽい画を描き始めたり、色が好きで画を始めたんですけど、それも全部封印して、とにかく黒い色を使って描こうと思ったら、段々と自分の中で“描くことの楽しさ”や感じていたことまで封印され、頭で考えた作品を作るようになってしまい、描く事が分からなくなって、もがいて、もがいて大学を卒業したような感じだったんです。
また、2年前に米沢に来て右も左もわからない環境の変化に不安が募ってしまって、描くことさえできなくなりました。
そんな中、大学当時から社会人の方に日本画や絵てがみ教室を教えている皆さんの「画を描きたい」というダイレクトな感覚
が凄く純粋に感じたんです。
『花を家に飾るような気持ち』で絵を描いて欲しいと立ち上げた教室。そこで受講者の方が知人に季節の画を描き差し上げたら凄く喜ばれたとう話を聞いて、「自分もこういう事がしたいんだ。」と絵を志した初心を思い出しました。
自分の中でもっと素直に描けばいいんだなって自信がついてきて心の変化と共にモチーフも変化して学生のころは大きいモノに挑むようなモチーフを探しに外にでて大きな存在と対話していましたが、今は“身近にある小っちゃな幸せ”や“凄く小さい命”に感動して「何で今まで気付かなかったんだろう」って日常のこんな些細なところに素敵な空間があったんだって夢中で『犬』を描き始めたら合致がいきました。
ここに自分の足場・根っこがあるんだって。
最初に画を始めた頃の気持ちと回り道しながら自分をたぐり寄せていくように自信がうまれ「もっと感じたことを素直に表現すればいいんだ。」と1年前から犬を描き始め、また色彩豊かな作品になりました。


Q3:創作活動をしていて良かった事や苦労した事はありますか?

A3:“画は自分を映す鏡”なので、凄く落ち込んでしまった時はそういった画になってしまいます。
一枚一枚に思い出やエピソードがあるんですけど、特に米沢に来て、犬繋がりでスケッチさせてもらいに行き飼い主の方と仲良くなったり、旦那さんの個展の補佐として行った際に応援して下さる方と出会ったり、画をやってなければ出会わなかったであろう方々に会うことができるんです。出会いの中には、不思議と繋がりがあるもので、岡山に行った時に出会った人は、「山形に知り合いがいる。」と言っていて、偶然その山形の方と私も知り合いだったということがあったり、人とのネットワークが拡がることは財産だし楽しいと思うんです。
以前まで自分で「この色しか使わない。」と縛って、悩みながらやって来て、評価もされなかった頃の反動なんでしょうね。
最近は画を描いていても、色んな色を使って「こんな色の組み合わせと、この色は響くな。」とか語りながらやっているので楽しいんです。
確かに生み出す苦しみはありますが、そんな作品を色んな人に見てもらって繋がりが出来るということが楽しいですね。





Q4:今後、どのような作品を制作したり、創作活動を通してどのような事を伝えていきたいかなど、ご自身の目標や展望などを教えて下さい。

A4:平成23年3月11日の東日本大震災の時、私は画の締切り前で制作をしていました。
このような状況で画を描いて良いのだろうかと悩みましたが、画を制作し発表することが多くの方々の心を励ますことが、私ができる唯一の行動であると強く信じ、画を描き上げました。
その時の作品が自ら飼っている犬の画『つれづれ』です。この作品で何年かぶりに公募展に入選することができ、多くの方々にご披露出来ました。
地震によって被害にあったのは人間だけではありません。一緒に暮らす犬や猫の後遺症や離ればなれになり日常生活が送れない状況は、今も尚続いています。
これからも私は、変わらない『日常の幸せ』や、『温もりや愛情』を多くの方々に届けられるように画を描いていこうと思います。








          



  竹田陽子 −略歴 −

  1977年−山梨県生まれ
  1999年−中京女子大学 人文学部 アジア文化学科 卒業
  2006年−東北芸術工科大学 芸術学部 美術学科 日本画コース 卒業
  2008年−東北芸術工科大学 大学院 芸術工科学研究科 芸術文化専攻 卒業
  2011年−東北芸術工科大学 準非常勤講師
  現  在−日本美術院院友 アトリエ絵・工・房(絵画教室)主宰



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