置賜発!環境精神・草木塔 その2



4 草木塔に会いに行こう

 置賜各地の草木塔を紹介するパンフレットはいくつかありますが、土地感がないとつい見過ごしてしまう場合も。なので、ここでいくつかの草木塔へのアクセスについて紹介します。
 初めて草木塔を訪ねるという方へのお薦めは、各市町の有形民俗文化財に指定されている草木塔です。草木塔の脇には標柱や看板が設置されている場合が多く、比較的手軽に見つけることができます。
 置賜地域の市や町の有形民俗文化財に指定されている「塩地平の草木塔」、「白夫平の草木塔」、「上屋敷(かみやしき)の草木塔」、「上中原(かみなかばら)の草木塔」「大代原(おおだいはら)の草木塔」「荻(おぎ)の草木塔」「小屋(こや)の草木塔」「岩倉(いわくら)の草木塔」の8基を紹介します。
 いずれも江戸期に建立された草木塔ですが、もともとの建立地から移設されたものもあり、道路や学校など身近な場所で見ることができます。ドライブがてら草木塔巡りなんていかがでしょうか。

     

 塩地平の草木塔=米沢市入田沢(いりたざわ)=


塩地平の草木塔
 国道121号を米沢市内方面から福島方面に進んでいくと道路沿い左側、塩地平のバス停付近の墓地内に草木塔が建立されています。
 現在、草木塔の中では最も古いとされるもので、1780(安永9)年7月19日に建立されたそうです。まさに、米沢藩第9代藩主・上杉治憲(鷹山)が藩の建て直しを行っている時代です。
 今では、風化が進み表面に刻まれた文字を読み取るのは難しいですが、230年という時間の流れを肌で感じることができそう。冬場になると、これ以上の風化を防ごうと雪囲いが施されます。
 米沢市内から向かうと、入上(いりかみ)公民館を過ぎてまもなくです。山々の自然に目を奪われ、八谷(やたに)トンネルまで来てしまうと、通り過ぎているのでご注意ください。


 大代原の草木塔=米沢市簗沢(やなざわ)=



大代原の草木塔
米沢市立三沢東部小学校グラウンド東側に建立されています。石塔には「草木供養塔」の文字のほかに、側面から裏側にかけてびっしりと文字が刻まれています。
 建立の由来が刻まれた珍しい草木塔で、米沢市教育委員会によると、そのような塔は米沢市内ではただ一つだそうです。
 表面西側と東側の文字をつなげて読むことができ、鈴木権右ェ門、情野忠右ェ門、与兵衛の三人が1794(寛政6)年、鹿之沢、屋敷沢などを不測の事態に備えて伐採などに制限を加える留山(とめやま)としたことを称えて建立したことがわかるそうです。また、裏側には世話人として12人の名前が刻まれています。

 建立時期は1823(文政6)年2月、安山岩。建立者には三簗沢村と刻まれています。


白夫平の草木塔=米沢市入田沢=

白夫平の草木塔
 道の駅田沢なごみの郷から南へ約1.5km、国道121号西側の山際にあります。歩道から階段が整備され、足元を確認しながら上っていくと、小さな祠の脇に飯豊山供養塔と並んで建立されています。
 「白夫平の草木塔」は何といっても石塔表面の美しさが際立ちます。石塔上部は赤茶けていますが、なめらかな表面に刻まれた文字ははっきりと読み取ることができ、最近刻まれたのではと思えてしまうくらいです。
 また、脇にある飯豊山供養塔の建立年月日をみると、「白夫平の草木塔」と同様に1797(寛政9)年となっています。隣の祠にはお地蔵様が祀ってあり、子どもの健やかな成長を願う家族が訪れているようです。
 建立時期は1797(寛政9)年8月13日、安山岩。


  上屋敷の草木塔=米沢市口田沢=

上屋敷の草木塔
 米沢市田沢地区と簗沢地区を結ぶ道路途中、鬼面川に架かる上屋敷橋があります。この橋の東側にある東側公民館の敷地内に建立されています。湯殿山など数多くの石塔の中、一番奥に「上屋敷の草木塔」があります。
 米沢市教育委員会が設置した看板には「碑文にある「瑞林寺」は簗沢にある寺院で、草木塔の礼拝を担っていたが、戦時に中断し、その後、その流儀を東寺町にある観音寺の住職が引継ぎ、現在も盆の時期に回向を続けています」と、碑文の文字とともに周囲の歴史を紹介しています。
 建立時期は1800(寛政12)年8月15日、安山岩。

  上中原の草木塔=米沢市口田沢=

上中原の草木塔
 上中原の草木塔はきれいに整備された区画に老松や「湯殿山」と刻まれた石塔などと一緒に鎮座しています。米沢市教育委員会が設置した看板には「碑面中央部に草木塔と筆跡も鮮やかに、大きく刻まれ、右上からくずし字で慶応元年7月廿日とあり、「三田沢講中」の文字が刻まれている」と草木塔の文字を解説しています。
 区画内には木製のベンチが備えられ、木陰に入ってのんびり草木塔を見ることができます。
 建立時期は1865(慶応元)年、安山岩。


<一休み> 田沢コミュニティセンター=米沢市口田沢=


田沢コミュニティセンター
 おいたま草木塔の会の事務局を担当している田沢コミュニティセンター。館内には常設の草木塔資料展示室があります。「やまがた草木塔ネットワーク」の会誌や草木塔についてまとめられた書籍「草木塔を訪ねる」、「いのちをいただく〜草や木の命をもいとおしむ「草木塔」のこころをもとめて〜」など、草木塔に関する資料があり、自由に読むことができます。
 壁には、塩地平をはじめ、神原、上中原、下の町、戸長里など、田沢地区内の草木塔を記録した写真18枚が展示されています。中には縦90cm横60cmと大きく引き伸ばした写真もあり、現地に足を運ぶことができない人でも写真から雰囲気を感じとることができます。資料展示室で草木塔について理解を深めてから現地に足を運ぶのもいいですね。
 (平日8:30〜17:00、土8:30〜12:30。年末年始休館。0238-31-2111)




荻の草木塔=南陽市荻(おぎ)=

荻の草木塔
 南陽市内から主要地方道山形南陽線を北上していくと、南陽市立荻小学校が見えてきます。校門付近に建立されているのが「文政七年銘草木供養塔」です。草木塔上部分は欠けていますが、表面の文字ははっきりと残っています。
 南陽市教育委員会によると、建立者の五左衛門は宮の下に住むきこりで、6尺(約1.8m)余りもある力持ちの大男だったそうで、西の奥にある大平山で多くの樹木を倒し、この近くまで運んでいたと伝えられています。草木塔はこの樹木伐採を供養するためのものだったのでしょうか。
 「南無阿弥陀仏」と刻まれた石塔が並んで立ち、1911(明治44)年に学校敷地を拡張するまではその一部が墓地であったという時代の名残を今にとどめています。
 建立時期は1824(文政7)年8月、石質は花崗岩。大きさは台座の上から高さ約90cm、幅32cm。


 小屋の草木塔=飯豊町小屋(こや)=

小屋の草木塔
 主要地方道米沢飯豊線から小屋地区へと続く道路に曲がり、3.5kmほど進んでいくと「小屋の草木塔」に出会います。主要地方道米沢飯豊線からの分岐点には小屋地区案内の看板が出ていますので見逃さないように。
 大下橋、不動中橋、不動上橋の朱色の橋3脚を渡るともうすぐです。美しい田園風景に見とれていると通りすぎるのでご注意ください。
 飯豊町教育文化課によると、この草木塔は1990(平成2)年に大阪市で開かれた花と緑の博覧会に展示されたこともあるそうです。草木塔の前に供えられたロウソクには、地域住民が塔を大切にしている証を感じとることができます。
 草木塔の周辺には複数の石塔と栂峯(つがみね)山大神の鳥居があります。川のせせらぎの音とともに鳥居から望む田園風景は美しく、自然の尊さを再認識できるのではないでしょうか。
 また、同所の草木塔をさらに越えていくと羽黒神社が見えてきます。こちらにも草木塔があるので、足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
 建立時期は1830(文政13)年3月17日、安山岩。


岩倉の草木塔=飯豊町岩倉=


岩倉の草木塔
 豊かな緑と田園風景を楽しみながら県道岳谷上屋地線を進んでいくと、水田の隅にひっそりとたたずんでいます。草木塔のほかにも石塔が一緒に並び、その姿はまるであたりを見守っているようです。
 近隣住民の話では、もともとは屋敷跡の木々の根元に建立されていたと伝えられ、水田の基盤整備のため現在の位置に移動されたそうです。最近は風化が進み表面の文字も判別しづらくなってきています。
 少し車を走らせると満々と水を湛える白川ダムが見えてきます。草木塔と合わせて飯豊町の美しい自然を満喫してみてはいかがでしょうか。

 建立時期は1858(安政5)年、砂岩。
《置賜発!環境精神・草木塔 (完)》
     



○掲載日      平成22年10月

○執筆者      大竹茂美(置賜文化フォーラム事務局)

○取材協力    藤巻光司さん(おいたま草木塔の会顧問)
            大友恒則さん(おいたま草木塔の会会長)
            荒沢芳治さん(おいたま草木塔の会副会長)
            伊藤清幸さん(おいたま草木塔の会幹事)
            吉田由希さん(東北芸術工科大学大学院生)

○関連ページ   草木塔の里 田沢



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