置賜のぶどうのはなし1



1 置賜地域のぶどうの歴史

 甘くておいしい夏秋のくだもの“ぶどう”。全国で広く生産されていますが、山形県のぶどうの生産量は山梨県、長野県についで全国第3位だということはご存知でしたか?
 置賜地域では特に、濃紫色で小粒、とっても甘い“デラウェア”の生産量は全国一となっており、地域そのものがぶどうファクトリーになっています。

置賜を代表するぶどう「デラウェア」

 山形県のぶどう栽培は、現在の南陽市川樋(かわとい)地区にある大洞山(おおほらやま)にぶどうの苗木が植えられたのが始まりだといわれており、すでに江戸時代の頃から栽培されていたそうです。江戸時代?それって軽く150年も前のことですよ!!

 なぜ川樋地区でぶどう栽培が始まったのかについては、南陽市が編さんした「ぶどうの100年」(1981(昭和56)年刊)に2つの説が記されています。
 ひとつは、金の採掘人足として大洞山の鉱山にきていた甲州(今の山梨県)の人が南陽と甲州の土地に共通性があることに着目し、ぶどうの苗木を植え始めたという説。
 もうひとつは、川樋の地が山岳宗教のメッカである出羽三山を往来する修験者の通り道だったために、修験に関係する人たちが持ち込んだ、という説です。明治期になると、当時の山形県令三島通庸(みしまみちつね)らによって殖産興業が進められ、その一策として置賜地域でぶどうが試験栽培されるようになります。
 こうしてぶどうの栽培は、川樋地区から置賜地域の各地へと急速に広がっていくことになりました。

 ぶどうの生産に関して次に訪れた画期は、昭和30年代後半の頃です。
 置賜地域の主力品種として不動の地位を誇ってきたデラウェアのような小粒の品種は、種があってはなかなか食べにくいものですが、現在は種がなく、とても食べやすくなっています。
 このような種無しぶどうが一般に食べられるようになったのは、この時期に行われるようになった「ジベレリン処理」のおかげなのです。
 「ジベレリン処理」って何でしょう? 私たちは「ジベ処理」なんていいますが……。
 ジベ処理については次章で詳しくご説明することにしますが、この作業というのがぶどうの房ひとつひとつを手作業で処理していくというとても労力のいるものだったため、導入当初は農家の抵抗が大きかったそうです。
 しかし、種のないことが評判となってよく売れたために、徐々に一般化していきました。
 ジベ処理の技術によって、ぶどうはぐっと人々に身近なくだものになったわけです。

 それではここで、南陽市のおとなり、ぶどう生産の盛んな高畠町和田(わだ)地区にある「立石(たていし)のぶどう記念碑」をご紹介しましょう。
 ちなみに、和田地区は私が生まれ育ったところで、私の実家もぶどう農家なんですよ。
 立石地区でぶどう栽培を続けて50年という大浦理亮(おおうらりすけ)さんに話を聞きました。
 和田地区はデラウェア種の栽培が盛んで、中でも上和田の立石地区は栽培量が多く、その起源は大正時代にさかのぼります。
 大正時代初期、当時の和田村では、地元住民の救済事業として現在の立石地区の原野を開拓し、その土地をぶどう栽培に利用したことが始まりとのことです。
 1924(大正13)年頃にはぶどう栽培を手がける会社ができていて、その従業員や、上山から来たという栽培の指導者などで活況を呈していたといいます。
 生産量が一時激減したことによりその会社はなくなってしまいましたが、その後その農地を買い取り、ぶどう栽培を再開させた周辺の農家の人たちがいました。その人たちによって発足したのが「和田葡萄出荷組合」です。
 組合の人たちは、立石地区に集荷場をつくり、共同してぶどうの栽培、出荷を行っていました。
 その組合で「ぶどう園の開拓記念碑を建てようではないか」という声が上がり、つくられたのが「立石葡萄園開拓の記念碑」です。1942(昭和17)年のことでした。

高畠町上和田にあるぶどうの記念碑

記念碑の文字を揮毫(きごう)したのは当時の上杉家当主で14代目にあたる上杉憲章(うえすぎのりあき)氏でした。憲章氏は当時東京で生活していたため、わざわざ東京に出向いて文字を書いてもらったそうです。
 それを持ち帰って、近くの山から切り出した大岩に写し、彫り上げるのに2ヶ月もかかったそうです。
 ぶどうと上杉家との間に何か関係があるのだろうかと大浦さんに聞いてみたところ、組合に関する当時の記録が残っていないため、よくわからないとのこと。「後世に残していくものだから、名のある方に書いてもらおうと一念発起してお願いしたのではないか」と話してくださいました。
 碑には、表面に「記念碑」としか書かれていないので、一見何の記念碑なのかわかりませんが、当時の組合の人たちの苦労や話を聞いたためか、ぶどうを糧に生きてきた感謝の気持ちがこもっているように感じられ、とても深い味わいがありました。
 今日おいしいぶどうが食べられるのも、当時の人たちのこのような苦労があってのことなのですね。

2 デラウェア栽培の一年

 ぶどうがどうやって作られているか知っていますか? 私達の見えないところでぶどう農家は一年中ぶどう生産のために作業をしています。
 ぶどう農家で生まれ育った私、鈴木真紀が置賜の代表的なぶどう、「デラウェア」の栽培の一年を紹介します。

置賜でよく見られるアーチ型のビニールハウス

 春、まだ雪があちこちに残る3月下旬、ぶどう農家では着々とビニールハウスの準備作業を進めています。「ハウスかけ」と呼ばれる作業はたいへんなもので、ハウスに上ってビニールを引っ張り、そして広げます。置賜地方に広く見られるアーチ型のビニールハウスが完成します。
  ビニールハウスがかけられ、30度前後の暖かい環境の中で、ぶどうの木は栄養をたくわえ、葉を広げて新しい枝を伸ばし、実をつける準備をします。
 5月頃になると、枝にぶどうの房の形になった、花の咲く前のつぼみが見られるようになります。こうなると、農家ではバタバタと忙しい毎日が始まります。
 種無しデラウェアを作るには「ジベレリン処理」をしなければなりません。
 ジベレリンとは、ぶどうの種をつくられなくするための植物ホルモンで、これに必要量の水を加えて溶液をつくります。このとき、溶液に赤い色素も一緒に混ぜます。なぜかというと、たくさんの房を処理していくときに、処理をしたものとそうでないものを見分けるためなのだそうです。
 ぶどうを見上げて作業するので、顔にジベレリンのしずくが落ちてきます。そのためジベ処理中の農家の人は、顔で見分けられるようになったりします。
 容器に入ったジベ溶液にぶどうの房をひとつひとつ浸していきます。ひとつの枝にはぶどうの房が4〜5房くらいなるのですが、そのうち根元に近いところにある3房くらいにだけジベ処理をするそうです。これはぶどうの房の数を制限し、処理した房にだけ十分な栄養をゆきわたらせるようにするためです

ジベレリン処理をする前のぶどう

 デラウェアのジベ処理作業は、ふつう2回行われます。1度目は種無しにし、2度目はぶどうの粒を大きくする処理です。ぶどうの品種によっては処理の回数が異なったり、溶液の濃度が違ったりします。処理を行うタイミングも重要で、花が咲く前の状態や枝につく葉の数などで見極めるそうです。
 ジベ処理は本当にたいへんで、わたしも何度も経験していますが、長時間ぶどうを見上げ、腕を上げっぱなしにして作業をするのは体力と根気が必要です。
 その後、収穫まで、毎日の温度管理は徹底して行われます。昼夜の気温差がおいしいぶどうを作るからです。日中の温度が暑すぎては、うまく育たなかったり病気の原因になったりするんだとか。おいしいぶどうを作る条件がたくさんあって、それに適した環境を作り出すことが必要なのですね。
 7月下旬から9月下旬になると収穫の時期です。待ちに待った収穫となれば、かたっぱしからぶどうをとる!というようないい加減なことはできません。ぶどうの甘み、酸味、色づきなどをチェックして収穫するわけです。きっと素人の目には見えないぶどうの輝きが見えるんだろうなぁ。「ボクはたべごろだよ〜!」そんな声が聞こえてきたり……しないですよね。
 「今年のぶどうの出来は!?」と、期待と達成感を味わうわけですが、ぶどう農家にとっては自分の生活がかかっていますから、生産、収穫、箱詰め、出荷まで丹精こめて作業します。
 出荷までは以上のような経過となりますが、ぶどう農家の仕事はまだまだ続きます。次のシーズンに向けて剪定(余分な枝を切っておく)をしたり、ビニール撤去の作業も。ここ雪国では雪でハウスやぶどう棚が押しつぶされないように、雪下ろしもしなければなりません。
 簡単な作業はひとつもなく、いいぶどうが出来るには農家のたくさんの努力があるのですね。
 ちなみに、ぶどうを育てるとき、購入した苗木からすぐにぶどうの実が実ることはないのだそう。実がつくようになるには3年程度、本格的な出荷が出来るようになるには5〜6年もの期間が必要なのだそうです。
 ぶどう農家が手間をかけ、丹精こめてつくった置賜自慢のぶどうを皆さん、たくさん食べてくださいね!


《置賜のぶどうのはなし その2につづく》





○掲載日      平成22年12月

○執筆者      鈴木真紀(置賜文化フォーラム事務局)

○取材協力    大浦理亮さん(高畠町和田 ぶどう農家)
            佐竹祐宏さん(南陽市川樋 ぶどう農家)
            冨樫幸彦さん(JA山形おきたま 生産販売部園芸課 課長)



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