1 100万円が生み出したつながり 「コンペ大賞賞金100万円」 2008(平成20)年6月、ポップなデザインのポスターの上に並んだ「大賞賞金100万円」の文字が、南陽市民に少なからず衝撃を与えました。ポスターの製作者、事業主催者が、教育委員会であったためです。 事業の名称は、南陽市青年教育推進事業「夢はぐくむ故郷(まち)南陽コンペティション」。市内在住、在勤、出身の20代を対象に、ワークショップで学ぶ中から、まちづくりアイデアを募り、最も優れたアイデアに大賞賞金100万円を贈呈する――というものです。 2010(平成22)年現在、置賜管内において、南陽市は「若者が元気なまち」といったイメージが高まっていますが、2008(平成20)年に南陽市教育委員会社会教育課が打ち出したこの事業こそが、南陽市の青年活動を活性化させた起爆剤でした。 コンペには参加条件がありました。それは、「グループを組織してアイデアを企画すること」と「グループには男女が必ず入ること」。男女双方の意見があって初めて充実した企画になることや、まちづくりを通して若者の交流を促すというねらいから、講師である宇都宮大学生涯学習センターの廣瀬隆人(ひろせたかひと)教授が付け加えたものでした。
審査は、市民公開のプレゼンテーションにより行われましたが、審査会は予定時間を大幅に超え、提出された企画の優劣のつけ難さを物語っていました。 結果、大賞には、同コンペ自体の課題を掘り出し、その改善策を示し「新しい青年団のカタチ」として提案した「IGN(いぐね)」の「Inter Green Network」が輝いて、1年目の事業は終了しました。 しかし、各若者グループのまちづくり活動はその瞬間にスタートしていたのです。 コンペの熱が冷めやらぬまま、参加グループの一つである「かぼちゃプロジェクト」が、提案した「かぼちゃ雪上カーリング大会」を実施しました。その様子はマスコミにも大きく取り上げられ、他のメンバーにも大きな影響を与えました。年度を挟んだ5月には「HOPE」が、また6月には「IGN」が本格的に活動をスタート。互いに事業を協力しあう中から、友情を深めていきました。 さらに、グループの枠を超えての事業もスタートしました。コンペに参加した若者たちが、首都圏で活動する「セガレ」と連携して、「南陽田植えツアー」を企画。南陽の若者と首都圏の若者が、米作りを通して交流を育むこのツアーは、第2弾「稲刈り」、第3弾「米パーティー(東京での米販売)」まで継続されました。
100万円を目指して競い合っていた若者たちは、1年の間に「まちづくり」で楽しみを共有できる仲間へと変化していきました。 一方、2年目を迎えた青年教育推進事業では、「実践」がテーマに置かれました。ワークショップで学び、まちづくり事業を企画し、その企画をトライアル事業として実践するものです。 4つの新グループを含めた6グループが参加し、ワークショップで学びながら、ユニークな事業を企画・実践します。公開プレゼンと審査の結果、ご当地ヒーローを誕生させた「HOPE」に大賞が贈られましたが、各グループは引き続き活動を継続させることになりました。 そして2010(平成22)年度。1年目から活動を続ける「IGN」、「かぼちゃプロジェクト」、「HOPE」、2年目から活動する「米部」、「Am遊’s(あみゅ〜ず)」、「んだが屋総本店」の6つの若者グループがまちづくり活動を展開。南陽は「青年が元気なまち」として注目されることとなったのです。 2 大賞に輝いた2グループ これまで2回のコンペで大賞を獲得した2チームに共通するものは何だったのでしょうか。ここで2グループの活動を紹介します。 「IGN」(戸田惣一郎代表)が提案した企画は、「IGN」が仲介役となって地域イベントに若者を参加させる“仕組み”である「Inter Green Network」です。 仲介役の「IGN」が、まちの中にあふれる様々な“スキマ枠”を確保し、その枠に若者を集め、若者たちが企画したアイデアを実践させるといったものです。ここでいうスキマ枠とは、地域の中にある空き店舗などの空間的なスキマで、また地域イベントの空き時間などの時間的なスキマでもあります。 「若者を集めて、まちづくり企画に参加させる」というコンペの仕組みをそのまま活用し、事業の継続性という行政施策面での課題の解決を試みたこと、他のグループのアイデアも生かすことができることなどが評価されての受賞でした。 2009(平成21)年度、「IGN」は、「まずは自分たちがスキマの活用を行う」というコンセプトの下、活動を始めます。「HOPE」主催の廃校イベント、赤湯温泉通りナイトバザール、菊の南陽なんじょ鍋などを開催する際の時間的なスキマに若者がアピールする場を設けたり、中央公民館の空間的なスキマにカフェスペースを設けたりするなどの活動をコンスタントに展開。また、他のグループの活動にも積極的に顔を出し、若者間のつながりも築いていくなど、今後に向けた基礎固めの時期となったのです。 その後は、いよいよ“仕組み”としての事業を展開します。単発のイベントではない、仕組みとしてのまちづくりという難しさは当然ついてきますが、それを成し遂げるポテンシャルと情熱、ネットワークを持ち合わせることがこのグループの最大の魅力です。 活発な南陽の若者の中で、文字通り元気にまちづくりに取り組むのが、「南陽宣隊アルカディオン」を運営する「HOPE」(加藤健吾代表)。第2回コンペティションの大賞チームです。
2009(平成21)年11月、メンバーから出資金を募って1人目のヒーローであるアルカレッドを誕生させると、徐々に地域の人たちの協力と共感を集め始めます。 公演ごとに運営協力金を集める手法をとっていますが、1年後には同ブルーとピンクが誕生するまでに至りました。もっとも、最終目標は市内の地区数と同じ8人のヒーロー。道はまだまだ遠いですが、仲間が徐々に増えていく過程は、結果的に市民に期待感を持たせることになっています。 「HOPE」が展開する事業はもう一つあります。人と人、人と地域の交流を広げ深めることを目指す「あしたの場」プロジェクトです。「あそぶ、しゃべる、たべる、のむ」の頭文字をとったこの事業は、簡単に言えばテーマ性を持つ交流会です。 「HOPE」の主要メンバーは、市内でも過疎化が進む吉野地区の出身。地域から人が減っていく現状と現象を理解し、危機感を抱いています。話し合いを重ねる中で彼らは、人が少ない、活気がないと嘆くのではなく、人とのつながりを積極的につくることで、活気を見出す方法にたどり着きました。アルカディオンも広義ではこの「あしたの場」に含まれており、「HOPE」の公式ホームページに述べられている“アルカディオンの概念”からもこのことが伺えます。南陽市の“本当のヒーロー”になるべく、彼らの戦いは続いていきます。 「南陽の若者よ、まちづくりを楽しもう!」 これは第1回「夢はぐくむ故郷 南陽」のプレゼンテーションで、「IGN」の戸田代表が、会場の若者に呼びかけた言葉です。 「IGN」と「HOPE」は、今、まさにまちづくりを楽しんでいます。まちづくりを楽しむつながりを広めること。それが2グループの共通点であり、そして、まちづくりの際の一つのヒントなのかもしれないです。 3 地域という宝箱 様々な切り口から自由に活動を繰り広げている南陽の若者たちですが、その活躍の報は、マスコミを通じて市民間にも徐々に広がりを見せ、また若者たちの活動も地域へと意識が向き始めています。
事業の告知は、梨郷小学校の協力を得て行われ、同校の児童20人余りが参加しました。6月、地区内の耕作放棄地を借り受けて、観賞用のかぼちゃを植えると、夏には伸び放題となっていた雑草の処理と追肥を実施しました。また、メンバーが育てていた食用かぼちゃと合わせて収穫した後は、地元の梨郷朝市でそれらを販売したほか、観賞用かぼちゃはハロウィンでおなじみの「ジャック・オ・ランタン」に加工し、地区の文化祭で作品を披露しました。さらに冬期間には小豆かぼちゃ作りも実施する計画です。 こうした活動に、地域の人たちも声援を送っています。地元梨郷地区の野川豆腐店の店主、野川壽一(としかず)さんは、かぼちゃプロジェクトが誕生した当初から商品開発活動を応援している一人です。メンバーとともに「かぼちゃドーナツ」を開発し、2010(平成22年)度も、メンバーたちが育てたかぼちゃを購入してドーナツの原材料に使用していますが、かぼちゃの甘味を活かしたドーナツは、梨郷朝市でも人気の商品となっています。 このように若者グループの活動は、徐々にではありますが、地域の人たちの気持ちを動かし始めています。声に出して若者を激励する人たちや、物資や資金の援助をして応援する人たち、そして若者に負けじと自らまちづくりに取り組む人たち。様々な人たちが若者の活動から刺激を受け、自分たちの地域を改めて見つめ直しています。 若者たちの活動は、まだ大きな成果は残せていない状況です。それでも、地域の人たちに刺激と地域を見つめ直すきっかけを与えた事実は、決して小さなことではないはずです。 このように、まちづくりに取り組もうとする若者たちはまさに地域の“宝”です。しかし人材という宝は、自分自身が、そして周囲の人たちがともに“磨く”という行為を伴って、その輝きを維持できるものではないでしょうか。互いにコミュニケーションを深める中で、アドバイスや経験談を伝え合えあうことが出来れば、その輝きはより深いものとなるでしょう。 そして“宝”となる人は、何も若者に限ったことではありません。様々な思いで、様々なまちづくりに取り組む人たち全員が“宝”なのではないでしょうか。そして若い宝が、地域という宝箱の中に、新しい光を差し込み、地域全体に刺激をあたえることができたなら、その地域は、これまでとはまた別の輝きを見せてくれるのではないでしょうか。 2010(平成22)年度、南陽市の青年教育事業は3年目の取り組みに入りました。ワークショップには、昨年度から受講しているメンバーのほか、新たに20人余りの若者が加わり、さらに5つのグループが誕生しました。これらのグループがどのような企画を考え、どのような活動を展開するのかは、現段階ではわかりません。また参加者はそれぞれに仕事を持っており、まちづくり活動を継続させることは決して楽なことではないでしょう。 そんな時こそ、まちづくりで知り合った仲間や、地域の人たちに相談したり、話し合ったりすることで、自分たちを磨いていく作業が重要になってくるのでしょう。そうした宝物たちの今後一層の輝きに期待したいです。 ○掲載日 平成23年3月 ○執筆者 加藤由和(南陽若者グループ HOPE) ○取材協力 IGN(南陽若者グループ) かぼちゃプロジェクト(南陽若者グループ) HOPE(南陽若者グループ) ○写真提供 南陽市青年教育推進事業実行委員会 印刷用PDFはこちら |
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