置賜の自然



置賜地域の宝物(米沢市を中心として)

まえがき

 「地域の宝物」とは、人々の立場や視点、価値観によって様々なものが考えられると思います。そのなかで私は地域の自然に注目し、私個人の視点から美しいものや価値あるものを取り上げてみます。ただ今回は初めてなので、私が居住する米沢市域を中心に選んでみました。

 山形県や県内の各地域の特長を説明するときに、「豊かな自然」という言葉が枕詞のように使われていますが、「豊かな自然」とはどのようなものでしょうか。
 これまでほぼ定期的に行われている通称「緑の国勢調査」などによって、山形県の自然は全体としてかなり良い状態にあることが裏付けられています。でも、地域の自然の何が豊かで、何が貴重なのか、何が魅力的なのか、となると、その言葉を使っている人自身も実はよくわかっていないことが少なくありません。そのような方々に、身近にこんな素晴らしいものがあるのですよ、と知っていただき、できれば、他地域の方々にもその素晴らしさを紹介し、併せてその宝物をみんなで守っていくしくみができていくことを願ってこの拙文を書いてみました。


1.斜平山(なでらやま)〜豪雪の山が春を奏でる〜



 米沢市街地を冬の季節風から守るかのように横たわる斜平山(なでらやま)は、最高峰の笹野山(660m)ほか数個の峰々からなる山塊で、都市近郊の里山として広く市民に親しまれてきました。
  この斜平山には四季折々のいろいろな顔がありますが、残雪季から5月末頃までの春を彩る植物たちの変化は、豪華絢爛、豪雪地の里山ならではのものがあります。地元でもその魅力を知らない人は多いのですが、雪の少ない太平洋側に住む人々が見ればそのすばらしさに感嘆の声を上げること必定です。
 春、断層崖と推測されている急傾斜地から雪が雪崩れ落ちて下の緩斜面に堆積し、4月末頃から急速に融け、雪が消えたところから見事なお花畑が出現します。ほとんどが「スプリング・イフェメラル」(春のはかないもの、の意)と呼ばれる早春季の野草たちです。
 カタクリ、アズマイチゲ、キクザキイチゲ、オトメエンゴサク、スミレサイシン、キバナノアマナ、ヒメニラ等々、比較的どこの山にもありそうなものばかりですが、それらが大小の群落を作って混生し、自然花園を形づくります。雪解けは1ヶ月以上かかって進むため、5月いっぱいくらいはお花畑を楽しむことができます。

   


 地元の人たちが、ミズナラ林の林床を刈り払って長年手入れをし、見事なカタクリ園を育成していますので、スプリング・イフェメラルの見本園として、かたくり祭りの頃にぜひ見てください。
 斜平山のスプリング・イフェメラルとほぼ同じ頃、雪国のシンボル、ユキツバキの花が見ごろとなります。この山ではミズナラ林の下や、伐採跡地にも濃密に分布しており、真っ赤な花が春の到来を告げています。ここのユキツバキは分布上の東南限になっている貴重な個体群です。

低木や高木の花や新芽も美し

   

 このほか、真っ白なタムシバ、薄いピンク色のオクチョウジザクラ、黄色で可憐なオオバクロモジ、暗紅色でこれも細かなハウチワカエデなどなど、多くの低木や高木の花々が華やかに彩りを添えてくれます。斜平山の春は精気と色彩に満ちているのです。
 なお、斜平山は外見以上に地形が変化に富み、山塊の南のはずれに近い栃窪山の西側、標高約550mの地に面積約1haの西向沼があります。その一部は浮島状の湿原となり、貴重な湿地植物や水中植物、モリアオガエル、多くのトンボ類をはぐくんでいます。周辺の山腹はミズナラを中心とした夏緑樹林が覆い、沼を含めた一帯が市民の森として整備されています。
 このように斜平山は、人為と自然が織り成す多様な環境に絶滅危惧種を含む多彩な植物、動物、昆虫、鳥などが生息し、豊かな生態系を維持している価値ある山であることをもっと多くの人々に知っていただきたいと思っています。

2.中山峠付近の湿地・ため池〜ハッチョウトンボが飛びミミカキグサが咲き競う〜

 斜平山のさらに西側、簗沢地区と田沢地区の間に両地区を分けている丘陵地があります。この丘陵地を抜けて両地区を結ぶ道路の頂上が中山峠で、かつてミズゴケなどが繁茂する湿地帯でした。峠の湿地は道路掘削などでほとんど姿を消しましたが、この道路の南西側に延びる山地の北西斜面(上屋敷・鬼面川・口田沢に面する斜面)には、10個以上の溜め池とその水源となっている小規模の湿地が点在しています。
 

 これらの湿地の大半はオオミズゴケやヌマガヤによって覆われ、カキラン、ムラサキミミカキグサ、オオニガナなどの絶滅危惧種やオオイヌノハナヒゲ、ノハナショウブ、ミツバサワヒヨドリなどの湿地植物が生育し、夏にはハッチョウトンボが飛び交う貴重な環境を形成しています。平地の湿地や湿原が開発によってほとんど失われた現在、このような丘陵地の湿地を保護保全することは生物の種多様性を維持する上でとても重要な意義を持っています。

   


 ところが、こうした貴重な湿地群の直ぐ近くに、地元市民らの反対を押し切って大規模な産廃最終処分場が作られてしまいました。事前に行われた環境ミニアセスでは、処分場の工事はこれらの湿地群にほとんど影響しないという結論が出されたからです。しかし、その結論をどこまで信じてよいのか、これから市民による検証が待たれます。そういう意味を含めて湿地群を結んで散策しながら観察できる遊歩道(その多くは木道)を整備してはいかがかと考えています。地域の宝物を市民みんなで見守っていきたいものです。

3.羽黒川の河川敷〜多様な動植物を育む川原の自然〜

 米沢市街地を南から北に貫いている3本の河川があります。東側から順に、羽黒川、松川、鬼面川です。いずれも最上川の源流となっているのですが、最も中央に位置する松川はほとんどが公園化され、河川本来の生態系は失われてしまいました。一方、上流部にあまり住宅地や工場群を持たない羽黒川は、かつての河川工事後の年月が長いためか、河川敷内の植生の遷移が進み、自然度の高い景観が広い面積にわたって見られるようになりました。例えば、県の絶滅危惧種に指定されているオオバヤナギは、他の河川では数えるほどしか見られないのに対して、羽黒川では群落を作り、若木を含めると数百本もあるだろうと推測されます。その他のヤナギ類やオニグルミ、ヤマウコギ、カラコギカエデ等の高木や低木、クズやカラハナソウやフジのような蔓植物、ヨシ群落、カワラハハコや絶滅危惧種のナニワズその他丈の低い草本など、植物の種類は大変多様化しています。一部では砂地からの滲出水によって湿地化しているところもあります。

 


 植物が多様化すると動物もいろいろ進出してくるようで、河畔林の薄暗い林床で、イタチの食痕や、やや古い狐穴なども見つかっています。
 市民が時々水際まで行って自然に触れながら楽しむ場として羽黒川は優れた条件を備えているようです。羽黒川東岸の砕石工場のエリアをある程度規制し、貴重な河川敷の生態系を守るよう、県や市の関係部署、さらには地元住民の理解を求めるものです。


4.堀立川遊水地〜探鳥の穴場・発展途上の湿地〜

 米沢市の中心部を流れる人工の小河川・堀立川が大雨の際に洪水を引き起こしたことから、洪水防止対策として市街地の上流部に遊水地が造成されました。掘削が完了したのは平成12年(2000年)といわれています。広さ9ha、深さ6mの三角形に近い形をしています。
 この遊水地では、底面や側面のいたるところで湧水があり、掘削を始めて数年を経たころから湿地植物が生育し、掘削が完了した頃にはヨシ原を中心とする立派な湿地ができていました。

 

     


  
 
 興味を持った市民有志が植物や鳥や昆虫などを調べてみると、歴史が浅い割合には多様な種が住み始めていることがわかりました。
 ここの湿地はまだまだ発展途上にあり、これからどのように変わるかも楽しみですが、現在のままでも興味のある人は自由に訪れて眺めることができます。また、堀立川遊水地の会が開催する探鳥会、植物観察会、その他のイベントに参加すると、案内人からの説明を受けながらこの自然を楽しむことができます。多くの市民がここを訪れることで、この湿地の価値はさらに高まるものと信じています。



5.吾妻山〜東北一の針葉樹林と広大な高層湿原を擁する連峰〜

 米沢市の南側に大きく横たわる吾妻連峰は文字通り地域の宝物です。
 2035mの山頂までアオモリトドマツなどの密生林が覆う山は東北では吾妻山だけです。この原生林のほかに、東西に走る広い尾根筋には大小の池(池塘)を散りばめた湿原が連なり、稜線の東南斜面には冬の季節風で吹き積もった雪が初夏まで残ってその後には雪田群落というお花畑が出現します。数箇所に見られる岩塊で覆われた山頂には岩場特有の高山植物が群落を作っています。
 このように変化に富む環境の下で、植物たちは季節ごとに色とりどりの花を咲かせ、緑濃い針葉樹林は、フィトンチッドの放出をはじめ癒し効果や健康増進効果も期待されています。冬のパウダースノーは天元台スキー場の名を全国に知らしめています。

 


 吾妻山の自然は、山麓や登山道、スキーコースなどを除くと、概ね原生的自然(人手が加わらない自然)の状態を維持しており、そこに適応した多くの動植物の生活の場となっていて、数千年以上過去から生き続けてきた様々な貴重種を含んでいます。吾妻山はそういう意味でも全体を大切にして、私たちの子孫に引き継いでいくべき地域の宝物といえます。

   



 
 


 唯一つ懸念されることは、百名山ブームで多くなった登山客が山頂付近や湿原などに集中し、登山道やその付近の荒廃が深刻になってきたことです。これらの人たちが駆け足登山を自制し、中腹や山麓で文字通り豊かな自然を時間をかけて満喫するような楽しみ方を選ぶようになれば、自然のためにも訪れる人のためにもとても喜ばしい方向だと思います。そのためにはまず地元市民が、必ずしも山頂を目指さずに、中腹や山麓でゆったり楽しむスタイルを身につけることではないでしょうか。なお、山麓といえども、国立公園内での山菜取りは、昔からそうであったように、十分自制されたものであるべきことは当然です。

         

○掲載日 平成23年9月

○執筆者 青柳和良(ネイチャーフロント米沢 代表)

○写真提供 青柳和良(ネイチャーフロント米沢 代表)

○参考文献・資料


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