越後米沢街道十三峠




1 越後米沢街道十三峠について

 この街道は、今から約500年前に置賜地方から越後へと通じる街道として、伊達14代の稙宗(たねむね)によって大里峠が開かれ、江戸時代に上杉藩になってから、下図のように小松(現川西町)〜手ノ子(現飯豊町)〜小国(現小国町)〜玉川(現小国町)〜下関(新潟県関川村)のルートとなり、この中に13の峠があるため、「十三峠」と呼ばれるようになりました。



黒沢峠の敷石道
 米沢方面に運ばれる荷物を「上り荷」といい、塩、鉄、肴(魚)、茶などが運ばれ、逆に「下り荷」は小国蔵米、青そ、たばこ、漆、蝋燭、などが運ばれました。
 「十三峠」といえば「黒沢峠の敷石道」が有名です。ブナやナラの林の中を3,600段の敷石が立派に復元されており、一里塚や石切場、茶屋跡なども見ることができます。
 この敷石は最初から現れていたわけではなく、昭和55年(1980年)に黒沢地区の全戸が保存会を結成し、長年風雪にさらされ落ち葉や土に埋もれていた敷石を、多くのボランティア協力を経て一段一段丁寧に掘り起こしたものです。そのことが十三峠復興の先駆けとなったのです。


良寛様が泊ったといわれる玉川の玉泉寺(現在)
 敷石は「朴ノ木(ほうのき)峠」や「萱野(かやの)峠」でも確認されており、特に萱野峠では地元玉川地区とNPOが中心となり、「萱野峠敷石惚れ掘れ探検隊」による敷石復興が、多くの方の協力に支えられ、地域おこしイベントとして実施されています。

 宿駅の玉川に(江戸時代後期の)越後の僧侶で歌人の「良寛さま」も泊まったのではないかと言われています。良寛の書のなかに「玉川駅宿」という詩があり、「気がかりは行く先の困難のこと、川のせせらぎを雨の音かと聞き誤った」ということが詠まれています。
 ここでいう「玉川」は、鶴岡市羽黒の玉川寺のことだろうと言われてきました。しかし、小国町出身の教育者である川内芳夫という人が「鶴岡の玉川寺にはそのような川はなく、小国町玉川の玉泉寺のほうが整合性は高い」との研究結果を発表してからは、こちらの説のほうが正しいのではないかと言われているのです。そうすると良寛さまは米沢から越後に向かう際に泊まったのではないかということになります。

イザベラ・バード
 十三峠を通った人物で著名なのは、イギリスの女性旅行作家イザベラ・バードです。
 バードは、明治11年(1878年)5月から3ヶ月にわたり東日本を旅した記録を「日本奥地紀行」として残しています。越後米沢街道には7月11日に現新潟県の関川村沼、7月12日は現小国町の市野々(いちのの)、7月13日には現川西町の小松に泊まっています。小国の山中では「大きな山岳地帯に難儀したこと」が記されるとともに、米沢平野を「アジアのアルカディア」と称したことは有名です。


2 峠を守る人たち

々沢峠敷石道

 「黒沢峠敷石道保存会」では、約5年の年月をかけて全長2.6劼里Δ1.8劼忙弔気譴辛濱个鯢元し、以後今日までその保存活動を継続して行っています。トレッキングや交流会を行う「黒沢峠祭り」は、昭和61年秋に開催して以来毎年継続しており、平成22年で26回目を数えました。
 この間、休憩所、トイレや水場などの整備や地域づくりの活動が認められ、平成17年には「地域づくり総務大臣表彰」を受賞しています。また、平成21年からは地区以外からも会員を募り、峠の保全活動を行っています。

黒沢峠のトレッキング
  
黒沢峠まつり


  宇津峠、萱野峠の活動


宇津峠の宇津大明神
小国町と飯豊町を結ぶ宇津峠では、飯豊町手ノ子地区協議会宇津峠部会を中心にして、平成16年に「宇津明神境内跡」の草刈作業や道普請供養塔の建て直しを行うとともに、「宇津峠歩こう会」を開催しており、平成22年で7回を数えました。

 萱野峠にも敷石が埋もれていることがわかり、平成19年から7月と10月の年2回「萱野峠敷石惚れ掘れ探検隊」のイベントを開催し、町内外から毎回60名もの参加を得て敷石の復元作業が行われ、全長2,500m間に埋もれていると言われる敷石のうち約700mを掘り起こしました。

 この活動は大人だけの作業ではなく、地元の小学生が、まさに地域の宝を掘り起こす総合学習として、また親子で、スポーツ少年団はじめ地区育成会行事、学校の行事などとしての参加もあり、「地域づくり」や「学習の場」「交流の場」としての活動となっています。また、地元のお母さんたちの雑穀おにぎりや、郷土料理の昼食が参加者の好評を得ており、毎回料理が楽しみで参加される方もいるようです。

   
  
萱野峠敷石堀りの様子


 1杆緤涜街道・十三峠交流会と事務局(ここ掘れ和ん話ん探検隊)

 平成20年に設立した「越後米沢街道・十三峠交流会」は、街道を文化的・歴史的な地域振興資源として保存・整備し、さらなる活用を図り、地域づくりに貢献することを目的として、峠の保存・整備・活用のための連絡や協議、啓発・普及、情報発信などの活動を行っています。

 事務局は小国町のNPO法人「ここ掘れ和ん話ん探検隊」が担っています。


3 現在の状況とこれから

 越後米沢街道十三峠は山形県川西町小松〜新潟県関川村下関まで約71kmあり、山形県の3町と新潟県の1村の4町村にまたがっています。
 また、保存会等があるのは「諏訪」「宇津」「黒沢」「萱野」「大里」の5峠であり、平成19年、その保存会等と行政や観光協会等と一緒に「越後米沢街道・十三峠交流会」が設立され、NPOここ掘れ和ん話ん探検隊が事務局となり運営されています。
 交流会の活動としては、各峠の活動の情報を提供し合いながら、ホームページや機関誌等でイベントの開催や実施結果についてお知らせしています。また、近年増えている十三峠を訪れる方のための峠や街道沿線の案内や紹介が必要となってきているので、ボランティアガイドの養成学習を行っています。

   
  
ボランティアガイドについて六十里越街道に学ぶ

 このような活動が認められ、平成20年度には「越後米沢街道・十三峠」が国土交通省の「日本風景街道」に登録されました。

 今後の活動として、これまで実施してきた街道や峠の復興事業やイベント等を継続しながら、さらに多くの方々に注目され、にぎわいを作り出すような仕掛を考えていきたいと思っています。
 そのため平成23年度は、街道沿線の「自然」「歴史」「文化」をはじめ、「人材」「食」「温泉」「観光基盤」「交流や体験機能」等についての調査を行い、街道や峠をどのような環境の下で活用すべきかを検討していきます。

○掲載日  平成23年 3月

○執筆者  遠藤芳昭さん(ここ掘れ和ん話ん探検隊)

○関連ページ  越後米沢街道十三峠交流会   



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