祭りを支えるたち 〜渋谷正斗さん 長井市の獅子頭〜




 長井市には多くの神社に獅子頭が伝わっています。そして、毎年5月下旬になると、市内の獅子が一堂に会して「黒獅子まつり」が繰り広げられ、大勢の観光客の目を楽しませています。勇壮な踊りとともに、見た人の心に残るのが、凛々しい獅子頭です。

獅子頭工房 工芸舎 
獅子宿の渋谷正斗さん

 その中には、長井市で工芸舎獅子宿を営む渋谷正斗(まさと)さん(52)の手によって制作・修理されたものもあり、地元の文化と祭りを支えています。

 渋谷さんは、1992(平成4)年に山形県で開催されたべにばな国体の際、その歓迎事業の一環として大獅子を作ったことをきっかけに、本格的に獅子頭制作に取り組み始めたそうです。もともと立体看板などの造形物制作に携わっていたこともあり、独学で獅子彫りの技術を身に付けてきました。
 このとき制作した大獅子は、8尺(約2.4m)という通常の獅子頭の10倍以上もある大きさのため、強化プラスチックで作り、現在も工房の隣の建物に保管されています。

 獅子頭は、複数の木を組み合わせて作る寄木によるものが一般的ですが、長井市の黒獅子まつりでは激しい歯打ちなど動きが大きいことから、渋谷さんは獅子頭の耐久性を考慮し、丸太から削りだして獅子頭を制作していきます。
 はじめに、トチノキやヤナギの丸太に獅子頭の下書きを施し、チェーンソーを使って大まかな形に荒彫りしていきます。
 チェーンソーを使うと聞くと、失敗が許されない一度きりの作業に思えますが、渋谷さんの頭の中には完成図がイメージされており、これまでの経験をもとにチェーンソーを巧みに操ります。
 「下書きを定規で測って描いているわけではないから、深く考えすぎず、自分の感覚を大切に削りだしている」と、丸太の前に立つ渋谷さんの目に迷いはありません。緻密な設計図をもとに作られる工業製品とは違った職人の世界です。


獅子頭の材料となるヤナギの丸太

 獅子頭の形が現れてくると、次はノミや電動工具を駆使して唇や歯、目もとなど細部に取り掛かりますが、この作業中にも木の状態は刻々と変化し、収縮したり硬くなったりと「木が動く」のだといいます。特に、パンパンと鳴り響かせる歯打ちに重要な上あごと下あごの噛み合わせの調整は、木の微妙な変化を感じ取る「勘」が必要になってくるそうです。
 一つの獅子頭を仕上げるのに2〜3年ほどかかり、さらに完成後もすぐ獅子舞には使用せず、漆が馴染むまで1年ほど養生させたほうがいいそうです。長く受け継いでいくものだからこそ、獅子頭を引渡した後のことも考えていかなければなりません。

 獅子頭の表情は地域によって様々で、長井市の黒獅子は、艶やかな黒地の顔にクリッとした目玉が印象的です。一見同じように見える獅子頭でも目玉や口元、眉間などに作者の特徴が出るそうです。
 渋谷さんは「モデルとなる獅子頭にただ似せるというわけではなく、かといって自分の個性を前面に表現するものでもない。これまで受け継がれてきた獅子頭の表情をいかに写しこむかが重要です」と職人のこだわりを見せます。

 そんな渋谷さんに影響を与えた獅子頭の一つが、長井市総宮神社に伝わる置賜地域最古の獅子頭。獅子頭の造形美だけでなく、踊り手を考えた細やかな工夫が内側に隠されているとのこと。獅子頭を持ったときに、手首の骨に沿うように加工されているなど、職人の高い技術と心配りが随所に施されているのだそうです。

 先人の技術を目の当たりにし、渋谷さんは、激しい舞いに耐え、長く後世に残っていくような獅子頭に仕上げることを心がけています。表面の美しさだけでなく、機能性や耐久性にまで注目するのは、じっさいに獅子舞に参加しているという渋谷さんならではの視点で、受け継ぐ人と踊り手の双方に気遣いを見せています。

 これまで多くの獅子頭の制作、修理をしてきた渋谷さんでも、黒獅子まつりを終えた後は落ち着かないといい、電話が鳴るたびに自分が手がけた獅子頭が壊れたのではないかと胸が痛くなるそうです。


工房隣の獅子宿燻亭には、渋谷さん
が収集した獅子頭が展示されています

 制作活動の傍ら、長井黒獅子研究会を立ち上げ、長井市をはじめ白鷹町や川西町などを訪れて獅子舞の調査研究にも取り組む渋谷さん。1998(平成10)年にはドイツで獅子舞の巡業を行い、海を越えて置賜の伝統文化を発信してきました。海外での経験を機に、獅子頭の制作だけでなく、踊り手の活動にも力を入れるようになりました。
 このほかにも、獅子舞の普及活動を行っており、2010(平成22)年度にはこれまでの活動が評価され、(財)日本教育公務員弘済会山形支部から「やまがた未来賞」を受賞しました。
 渋谷さんは「地域の伝統芸能を継承していくため、獅子頭づくりと人づくりの両面から活動していきたい」と、50年後、100年後を見据えています。

 夕闇に舞う長井市の獅子舞を見に訪れたなら、獅子頭の表情に注目してください。きっと、渋谷さんが手がけた獅子頭に出会えるでしょう。



《祭りを支える人たち その3につづく》



 ○掲載日 平成23年1月

 ○執筆者 大竹茂美(置賜文化フォーラム事務局)

 ○取材協力 渋谷正斗さん(獅子頭工房工芸舎獅子宿 獅子頭彫り師 長井市)



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